映画:春画と日本人
永青文庫で開催された春画展とそのメイキングに留まらず、研究者などの言葉から平安時代から江戸明治昭和とつながる春画の歴史と取締りの歴史、そこからにじみ春画展準備でも露わになった日本の社会や文化の断面などの来し方と未来に向けた展望までを示した秀作。
《日本人は春画を知らない》というキャッチコピーはアオリでもなんでもなく、事実をそのまま示したものだった。日本では本物の春画を鑑賞する春画展が開催できていなかった。書籍では観ることができるのに大英博物館では観ることができたのに、当の日本人が春画の実物を観ることができなかったことを端的に表した言葉だ。
春画展を引き受けようという動きは、決まって最後の最後でひっくり返ってポシャる。女性からクレームがつくのではないかという恐れがあるという理由もあったが、開催された春画展の観客の半数以上55%が女性であり、春画展開催中のクレームは1件もなかった。大英博物館の 春画展開催中に開かれた、パネリストが全員女性のシンポジウムで、当時の日本の性産業に従事する女性の奴隷的な扱いにも言及しつつ、 「女性にも性の嗜みが必要だ」という発言もなされた。われわれは何を恐れている/いたのだろうか。
無修正の春画が単品で美術展で展示される事例は実は何年もまえからあった。学術出版では無修正の原画が出版されている。では春画をメインに した展覧会を妨げるものはなにだろうか。
明治維新後しばらくの間は、春画はメインストリームの1つでありつづけ、パリ万博ではパーティーで春画の早描きイベントが行わたりしていた。しかし その後明治半ばに春画は猥褻なモノとして禁止されるようになる。が春画が禁じられた一方で10年もたたないうちに入れ替わるように西洋のヌードが輸入されるようになる。ヌードは芸術で春画は芸術ではないなどという判断は、日本の近代化の中で欧米への過剰なコンプレックスが生んだ歪みではなかったか。
ちょっとくすっと笑ってしてしまったのは、《春画の性器の描き方が大きすぎるのではないか》という現代でもしばしば出される疑問が、実は、 鎌倉時代にはすでに発生していて、その鎌倉時代には《性器を普通に描いても面白くない。誇張して描くから面白いのだ》という 結論がすでにでいたりすることだ。
印象的だったのが春画展を観た女性がみな、楽しそうないい表情で永青文庫をあとにしていたこと。男性も同じくそうだった。 《性を明るくおおらかに描く文化がたしかにあった》そしてその文化は、たぶん人々をずっと幸せにするのではないかと思えるのである。
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