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2019.10.12

FC町田ゼルビアの改名について

町田ゼルビアが名称変更するという報道があった。FC町田ゼルビアからFC町田トウキョウへ変更するとのこと。例えば以下のように報道されている->『J2町田 「FC町田トウキョウ」に改名 藤田オーナー「“トウキョウ”は外せない」― スポニチ Sponichi Annex サッカー』

昨年10月にクラブの経営権を取得したオーナーのサイバーエージェント藤田晋社長は改名の理由として「選手獲得やブランディングなどさまざまな利点があるので“トウキョウ”は外せない」と説明。「ゼルビア」は会社名として残すとしたが、サポーターからは批判の声が多く「ゼルビアという名前が好きなんです。東京町田ゼルビアじゃだめなんですか?僕らの声は聞いてくれないんですか?」と涙ながらに訴えるサポーターもいた。

この改名については私は反対である。クラブ/チーム位の名前を変えたほうが良い/変えなければいけない場合があるこをと理解した上で、それもで私は反対である。

こういう問題を考えるときに常に意識しないといけないのが、我々は本質的に《何を》応援しているかということだ。ここでは議論をはしょるが、雑に言えばこの記事『ファジアーノ岡山:観客を増やすには物語が必要: 路傍亭』にもあるような感じで、我々は本質的には《クラブに付随する物語》を見に/応援しにスタジアムに足を運んでいる。サイバーエージェントの社長も、名前にトウキョウをつけることで、(実質は変わらないのに)生じる《物語》=ブランドが大事であると考えていることから、同じ認識であると私は思う。

新しい物語を作ってクラブを発展させたいという発想はいい。すごく良い。ただ、ここで気をつけなければいけないのは、《ゼルビアがチーム名から消えることで生じる物語はなにか》である。

思考の補助として、先に触れた名前を変えたほうが良かった例を上げよう。

例えば「藤枝ブルックス」は福岡のクラブとして生まれ変わるために福岡ブルックスからアビスパ福岡になる必要があった。例えば「鳥栖フューチャーズ」これはまさにクラブが死んで別のクラブとして立ち上がるためサガン鳥栖になる必要があった。

クラブの名前が消えるということは、クラブの物語がそこで死ぬということだ。

逆の例をあげれば、2017年のヴィファーレン長崎の経営危機のときは、あれはクラブの名前が変わってもおかしくない状態だったが、経営を引き継いだ高田社長は名前を残し、文字通り生き残った物語を作った。その後の長崎のまとまりと快進撃はご存知のとおりだ。

ブルックスやフューチャーズのように、実質死んだクラブを生き返らせる改名は有効だ。だが、まだ生きているクラブの物語を殺しにかかるのはどうだろうか。
京都紫光クラブの物語を半殺しにして立ち上げた京都パープルサンガ(現京都サンガ)のようなことをすると、その遺恨は10年20年は続くよ。そういう意味で今回の改名には私は反対である。

それに「町田トウキョウゼルビアは長すぎる」って発言は、いわてグルージャ盛岡やザスパクサツ群馬への皮肉でしょうかねえ。いや、たしかにブランディングに苦戦してるけどさ。

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