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2004.10.10

つっこみに関するメモ

コミティアなんかに出している で、 最近はボケと突っ込みって何だろうという考察の周りでぐるぐるしている。 それに関するメモです。 関連してこんな論文があるよとか、 こんな事例があるよとかあったらコメントとかトラバで教えてくれるとありがたいです。

それぞれの定義は、「ボケ」は「不条理」、「つっこみ」は「意義申したて」と仮定している。 なので「ボケた突っ込み」というふうにボケと突っ込みはそれぞれ独立にフラグが立つものとして理解している。

  • 漫才の突っ込みは、ギャグに対して全否定するので、そこで会話がいったん立ち止まって、 リセットされて、会話の流れがやりなおしになっている。 (例外は、ツッコミにもめげずにぼけ続ける、ダウンタウン松本など少数)突っ込みとは「さえぎるもの」なのだろうか。 それともこれは最近の風潮なのだろうか。イトコイ師匠の突っ込みでは、 ボケる方が異議申し立てに対して(屁理屈で)ボケた突っ込み返しの理論武装して話をさらに 進めていったような記憶がある。 さらに古い漫才ではどうなんだろうか。 「さえぎり型のつっこみ」のみではどうしても会話がギクシャクする。 突っ込みのパターンというものを分析・理解する必要があるのではないか。
  • 落語の「突っ込み」は、非難じゃなくて、 与太郎や思慮のない旦那に対する「たしなめ」であることが多いという印象がある。実際はどうか。 さらに「突っ込み」=「たしなめ」られても、言う事を聞かないか、誤解するかして事態が悪化しエスカレートする。 そこが面白い。漫才にもそういうパターンがありではないか。(すでにあるかもしれないが。)
  • 笑い飯は、初期は相手のボケを常識で突っ込んで全否定してからボケなおしていたが、 最近は相手のボケを受けたボケた突っ込みでエスカレートするようにして面白くなっている。 このパターンの違いを、ここでの定義の「ボケ」と「突っ込み」で上手く説明できるか。

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「笑芸」カテゴリの記事

コメント

ボケも突っ込みも両方こなすテリーさんとマイクルさんの写真を撮ってきました。

http://www.cheltenhamfestivals.co.uk/frame_festindex.cfm?FEST=LITERATURE

チェルトナム文学祭で講演の後、著者によるサイン会となるのですが、チョーサーが歴史から一時的に消えてしまう謎に挑戦するアカデミックなテリーさんの講演は最高で、早く歴史番組としてまとめて放映して欲しいと願っております。

一方、マイクルさんの方は、最初に紹介役の女性が長々としゃべり、舞台に登場しかけたマイクルさんが一旦超大型スピーカーの後ろで回れ右をして足踏みをさせられてしまいました。

やっと拍手の中気を取り直して登場したマイクルさんは、既に放映済みのエピソードの説明や撮影裏話で時間がなくなり、バングラデシュなどヒマラヤ紀行の最後の部分は割愛されてしまいました。残念。

あと「タンタンの冒険旅行」シリーズの著者エルジェの友人だった英国一のタンタン専門家、マイクル・ファーさんは、お嬢さんがOHP操作を担当しての熱心な講演で、子どもから大人まで大喝采。現在、日本語版も出来上がりつつあるという「ザ・コンプリート・コンパニオン」にサインをしてくださいました。タンタンが突っ込みで犬のスノウィあるいはキャプテン・ハドックがボケ役といった感じですね。

http://www.abc.net.au/rn/arts/sunmorn/stories/s1093300.htm

投稿: Kay Kitahara Anderson (Mrs) | 2004.10.19 07:10

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